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伊勢参宮街道の最終宿場町

最終宿場町 小俣町

ここは、伊勢参宮街道の最終宿場町として栄えた歴史がある街です。古い伝統的な様式の主屋が今も残る、独特な街並み。棟に対して垂直な壁面に入り口が設けられた建物「妻入り造り」の家が多く残り伊勢特有の板張りの母屋が連なります。この街に「妻入り造り」が多い理由、それは、伊勢神宮にある神様のお家が「平入」であるため、一般の民家が神様と同じでは恐れ多いと遠慮したからだそうです。なんとも、この街らしい謙虚な地域性。その神様の家のある伊勢内宮の山々へ向け、真っ直ぐに伸びるその街並みを歩くと、かつてここをたくさんの参拝客が歩いたであろう、少しノルタルジーな気持ちが呼び起こされます。

そして、家々の門下に一年中飾られている「しめ縄」。これも、ここ伊勢ならではの古くからの伝統です。よく「蘇民(そみん)将来子孫家門」の文字が書かれています。その意味も、昔むかしの村人と神様のお話しが関係していいます。

昔、昔、スサノオノミコトが、南海への旅の途中、蘇民将来・巨旦(こたん)将来という名前の二人の兄弟のいる地に立ち寄り、一晩泊めてくれるよう二人に頼みました。弟の巨旦はとても裕福だったのですが、これを断り、兄の蘇民は貧しかったのですが、親切に彼を泊めてあげました。スサノオノミコトは大変喜び、蘇民に「今後、この地に悪い病気が流行ったときには、蘇民将来の子孫であると言い、茅輪(ちのわ)を腰に着けなさい。そうすれば病気を免がれるでしょう」と言って、その地を立ち去りました。茅輪とは、茅や藁(わら)を束ねて作った大きな輪のことです。
事実、その後このあたり一体を大きな病が襲ったとき、その茅輪をつけた子孫は助かったのだそう。以来、この街には、一年中「蘇民将来子孫家門」と書かれたしめ縄を門下にかざる風習が残りました。それは、今も、スサノオ様のお力を借りて、無病息災を願う人々の願いです。